映画・ドラマ

鳩の撃退法はつまらない?原作と映画は違うのか調査!

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今回は、映画「鳩の撃退法」のある評価について、調査します!

それは、映画「鳩の撃退法」が、「つまらない」「面白くない」というもの。

映画「鳩の撃退法」の評判はおおむね「良かった!」「面白かった!」という好評が多かったと思いまし、私としても面白かったです。

ですが、一定数の不評の声があることも確かです。

今回は、映画「鳩の撃退法」がつまらないと言われる理由について、考えてみたいと思います!

映画を見ようか迷っている方に、ご参考いただければと思います!

 

映画鳩の撃退法はつまらない?

「面白かった!」「藤原竜也さんほか、出演者の演技が素晴らしい!」といった、好評の声が多数の今作!

不評の声については、分解してみるといくつかの種類に分類できました。

  • 難しすぎる
  • テンポが速すぎる
  • 宣伝と内容が違う

 

難しすぎる

一番多く見られたのは、「とにかく内容が複雑で難しい」というものです。

たしかに、今回の映画は一度見ただけで理解するのは難しい複雑さです。

話をややこしくしてしまっている理由は、以下の二つだと思います。

  • 話が富山と東京、過去と現在で行ったり来たりする
  • 何が本当で何が小説(=妄想)か分からない

 

話が富山(=過去)と東京(=現在)で行ったり来たりする

今回の映画は、主人公・津田(藤原竜也さん)を中心に、富山県が舞台の過去と、東京都が舞台の現在とに分かれています。

その二つが場面ごとに行ったり来たりして、時系列が分かりにくいです。

シンプルに考えると、津田が東京にいる現在のシーンは、ほとんど「バー・オリビア」で展開されています。

津田が外で活動して、幸地秀吉や沼本、川島社長と一緒にいるシーンは、すべて富山での過去のシーンです

 

何が本当で何が小説(=妄想)か分からない

これは、今回の映画の魅力でもあります。

津田が実際に経験したことは現実だとして、それ以外の、津田が実際に居合わせていない場面は、すべて津田の妄想、つまり小説です。

作中では、それらの妄想が、どこが本当でどこが違ったのか、語られることなく終わります。

そのため、観た人によって結末や作品の捉え方が様々で、いろんな考察ができるんですね。

例えば、津田は小説では、「幸地家三人は、倉田健次郎の元から逃げることに成功した」という結末を描きました。

しかしラストシーンでは、幸地秀吉は倉田と車に同乗し、妻の奈々美と娘の茜ちゃんの姿は確認できません。

逃げたはずの幸地秀吉と倉田が一緒にいるのは不自然です。

幸地一家が倉田に捕まったのだとしたら、幸地奈々美(と茜ちゃん)は殺されてしまった可能性が高いです。

この場面だけでも、津田の小説と実際に起こった出来事は一致していないことが示唆されています。

ただ、「結局正解は何だったのか」分からずじまいに終わってしまうので、「分かりにくかった、難しい」という感想に繋がっているのだと思います。

 

テンポが速すぎる

内容が難しいことにも少し繋がりますが、この映画は話の展開がかなり早いです。

主人公の津田のセリフもかなり早口な部分が多く、大事な話があっという間に通り過ぎていきます。

富山での話も次々に場面が移り変わるうえ、それらがほぼ伏線になっています。

そのため、一度見ただけだと、「今の場面はどういう意味?」となり、どんどん話のテンポについていけないくなります。

物語の後半でほとんどの伏線は回収されるものの、「そんなシーンあったっけ?」となってしまっても不思議ではありません。

話のテンポについていけず、「つまらない」となってしまった可能性は大です。

 

宣伝と内容が違う

これは完全にその通りです。

宣伝では、「この男が書いた、小説(ウソ)を見破れるか。」というキャッチフレーズが使われています。

しかし、津田は故意に小説にウソを盛り込んだわけではありません。

津田は作中で、「今起こっている事実から考えて、何が自然か。そうすれば自ずと、隠された真実が見えてくる」という言葉を何度か発します。

つまり津田は、自分が体験した事実以外の出来事は、妄想で補完して小説にしたのです。

要は、津田自身も何が真実なのかは知らないままに小説を書いたため、何がウソになっているか津田自身も分からないということになります。

しかし、何が真実で何がウソか分からないことこそが、この映画の魅力です。

この映画は、観た人によって真実が違うことを楽しむ映画であって、何が真実で何がウソなのか答え合わせをする映画ではないのです。

なので、「この男が書いた~」というキャッチコピーは、この作品にとってはミスリードになってしまうかと思います。

キャッチコピーに惹かれた方にとっては、「つまらない」映画になってしまったのかもしれません。

 

鳩の撃退法の原作小説と映画は違うのか?

「鳩の撃退法」には原作となった同名の小説があります。

ただ、多少の違いなどはあれど、映画と原作で大きな違いはありません。

主な違いは、以下の通りです。

  • 映画版ではすべての出来事が約1年の間に起こっているが、原作では約2年の間での出来事である
  • 映画版では津田は自ら小説を書き始めるが、原作では津田の担当編集者・鳥飼ほなみ(土屋太鳳さん)に促されて小説を書き始める
  • 映画版ではラストシーンで津田は失踪した幸地秀吉(風間俊介さん)を発見するが、原作では幸地秀吉と思われる人物の生存がほのめかされただけで発見できずに終わる

原作小説は、上下巻合わせて1,000ページ超にもなる超大作です。

人物や周囲の様子などの描写がかなり事細かに書かれており、なかなか読み進めるのは気合のいる内容となっています。

そんな原作小説の内容をほとんど変えずに、ここまで映像化できており、とても価値のある映画作品になっているのではないかと思いました!

ただ、重量感があってゆっくりと読ませる小説版を読まれた方にとっては、映画版はテンポが速くトントン拍子に話が進むため、「思っていたのと違う」と感じたのかもしれません。

「思っていたのと違う→つまらない」と感じた方もいるのだと思われます。

 

まとめ

今回は、映画「鳩の撃退法」がつまらないという声についてまとめてみました。

調べてみた結果は以下の通り。

  • 「話が難しいうえにテンポも速くてついていけない」ため「つまらなかった」
  • 「宣伝のキャッチコピーと内容がズレていた」ため「期待していた内容と違った」
  • 「小説のゆっくり考えさせる内容と違い映画は高速で話が展開していく」ため「期待していた感じと違った」

映画の展開スピードやキャッチフレーズとのズレ、また映画と原作のテンポの違いに関して、「つまらない」の理由になっているように感じました。

映画そのものは小説の内容をかなり細かい部分まで映像化できていますし、細かくちりばめられた伏線が回収されていくのはかなり爽快感があります!

そして、観た人それぞれに考察の余地がある内容!

考察することが好きな方は、何度も見たくなる内容となっています!

皆さんも、映画「鳩の撃退法」を見て、自分自身の結末を考えてみてはいかがでしょうか?